■ パノフスキー(Panofsky, 1892-1968)
ドイツの美術史家・美術評論家。著書に「イコノロジー研究」があり、図像学の発見者としても知られているが
一方で、アビ・ヴァールブルグ(1866-1929)が“イコノロジー”の生みの親とも言われています。ただし、
“イコノロジー”という言葉が使われ始めたのは1912年です。彼を語る前に、まずは16世紀のヨーロッパから。
ギリシャ・ローマの古典的教養から、後に宗教革命にも発展したと
言われている人文主義が生まれます。ここからキリスト教を中心とした世界観から解き放たれ、
信仰に混乱が生じていきました。また、科学的な進歩により、それまでにあった様々な宇宙観も崩壊されていったのです。
イタリアでも、教会が大切な顧客であった時代から、徐々に宮廷や貴族からの注文を多く
受けるようになり、それまでは市民的な作品を描いていた画家たちは、それらの知識人たちの注文に
あわせて、主題はより複雑に知的になりました。そのため、解読するのに不可欠なイコノロジー・図像解釈学が
生まれたのです。
まずパノフスキーは、美術作品を見る際には「解釈の三段階」が存在するということを定義しました。
| 1 『自然的内容』 ... |
目に見えているものを忠実に読み取ること。 |
| ↓ |
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| 2 『慣習的内容』 ... |
物語や寓意の内容を理解すること。イコノグラフィー(図像学)と呼ばれる。 |
| ↓ |
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| 3 『本質的内容』 ... |
精神的、観念的な意味を理解すること。イコノロジー(図像解釈学)と呼ばれる。 |
それでは早速、1枚の絵画を使って、上記の理論を確認していきます。
愛の愚意
An Allegory - Venus, Cupid, Time and Folly
ブロンツィーノ
Agnolo Bronzino
1540-45
この絵は一見、ギリシア神話を描いたような印象を受けます。濃い青の背景の前で何かを演じているかのような、
中央に位置するヴィーナスらしき美しい女性と、翼をつけた息子のエロスらしき少年。しかし観察すればするほど、
ギリシア神話には何も当てはまらないことに気づくのです。まずは、この女性と少年は、その親密そうな
姿勢から親子という関係ではなさそうであり、かといって年齢的にも離れていそうなので、恋人とも判断できません。
なぜか右手には金の矢を、左手にはりんごを掴み、妖しさを一層醸し出しています。
次に、視点をこの2人の周囲に向けてみると、右にはプットのような幼児が手にピンクの花を持って、
妖しい踊りをしています。その影には、右手に蜂の巣を持ち、左手には何かを隠している女の子がいて、
下半身をみると恐ろしい猛獣のようです。
その上に位置する老人は青い布を引っ張っているのでしょうか、肩越しには砂時計、翼も生えているようです。
一方、先に挙げた少年の後ろには、頭をかきむしる恐ろしい表情をした老婆、その後ろには
老人男性とともに青い布を支える仮面をかぶった女性が見受けられます。
地面には妖しい仮面が無造作に置かれ、一羽の白い鳩が確認できます。
ここまでみると、どうやらただでは済まされないようなドラマが、この絵画上で繰り広げられているようです。
ここまでがパノフスキーが言う、第1段階の『自然的内容』、見えているものを読み取ること、となります。
次は、物語や寓意の内容を理解すること、図像学を研究します。
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少年が膝をついているピンクの枕は、怠惰と好色の寓意。 |
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りんごは禁じられた愛を表す、アダムとイヴの禁断の果実。 |
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ここでは鳩は愛撫を表す。 |
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手に持つピンクのバラは、はかない快楽の寓意。 |
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不誠実、偽りを表す2つの仮面は、プットのすぐ足元にある。 |
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右手ではなく左手。西洋では邪悪とされる左手に蜂の巣
(甘い蜜)を持つ。 |
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正義とされる右手には、毒を意味するサソリを持つ。 |
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髪を掻きむしる恐ろしい表情の老婆は、嫉妬を表す。 |
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ヴェールを剥す女性は、
時とペアで描かれる真理。 |
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年月の経過、すなわち時を意味する老人と砂時計。
翼は経過の速さを表す。 |
一応ここまでが第2段階になりますが、これだけでは意味不明なので、点と点を線で結んでいきます。
まず、この絵の中心ともなっている少年と女性は明らかに深い愛の関係にあるが、それは禁じられたもの。
しかしその「快楽」は止めることの出来ないものである、と示しています。
次に視界に飛び込んでくるのがプット。彼の足元に仮面があることから、はかない快楽は偽りを隠している、
と読み取れます。
その後ろの女の子は、左手(邪悪)に甘い蜜を持ち、右手(正義)に毒を持っているが、右手だと思ったのが左手、
左手だと思ったもが右手、となっていて要するに、「偽り」を表しています。
そして時の老人とヴェールをはがす女性は、時が真実を剥ぐ、すなわち今わからないことでも、時が経てば
真実として明らかになってくる、ということを表しています。
以上のことを総合してパノフスキーの下した最終的な解釈は、
快楽(愛)というものには、偽り、嫉妬がつきものであり、
はかないものであるが、やがては真実というものが見えてくるだろう
というものでした。これで精神的、観念的な意味を理解することによって、
第3段階の本質的内容をクリアしました。ところが!ここで一つ問題が生じてきたのです。
もう一度「真理」の寓意を持つ女性をみてみると、仮面をかぶっていることに気づきます。
(これは最近の修復でより明らかになったそうなので、おそらくパノフスキーは知らなかった可能性が大きい)
となると、真実であるはずのものが不誠実、偽りを表す仮面をかぶっていて、どうやら
つじつまが合わなくなります。ブロンツィーノは「愛」には真実が存在しない、ということをこの絵に
隠したのでしょうか?これは依然として謎のままなので、
鑑賞者が自由に解読できるのではないでしょうか?
<参考文献>
■ 若桑みどり著 『絵画を読む イコノロジー入門』 日本放送出版協会 1993年
■ パノフスキー著 『イコノロジー研究 ルネサンス美術における人文主義の諸テーマ』 美術出版社 1978年
■ 岡田温司著 『ヴィーナスの誕生 視覚文化への招待』 みすず書房 2006年