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~イタリア旅行記~
【イタリア旅行記】  2007年1月21日(日)〜1月30日(火)

フィレンツェのドゥオモ  有給休暇10日間、命知らずの初めてイタリア旅行。万が一、無言の帰国に備えて部屋をきれいに片す。 長年の夢であったイタリア美術鑑賞ツアー。決められた場所しか行かないツアーでは欲望は満たされないため、 徹底的にこだわりを持って自由自在の旅を選ぶ。 そして航空券とホテルクーポンを握り締めてひとり成田を発つ。お金は使い放題であるが、 禁句はタクシーである。ぜいたく品と見做されるところにはお金をかけないのだ。 夜遅いArrival、そして朝早いDeparture、終日自由になったのはわずか7日間。 その間に約30箇所の美術館や教会の訪問を計画し、徹底的に調べ上げる。 お金と地図と勇気と、そしてカピバラさんをかばんにつめて出発したのだった。

■ ローマ
   ヴァチカン美術館
   サン・ピエトロ大聖堂
   ボルゲーゼ美術館
   サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会
   サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会
■ フィレンツェ
   サンタ・マリア・ノヴェッラ教会
   サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
   ドゥオモ美術館
   サン・ジョヴァンニ洗礼堂
   アカデミア美術館
   メディチ・リッカルディ宮殿
   サン・ロレンツォ教会
   メディチ家礼拝堂
   サンティッシマ・アヌンツィアータ教会
   捨子養育院
   サンタ・クローチェ教会
   ダンテの家
   ウフィツィ美術館
   バルジェッロ美術館
   カーサ・ブオナロッティ
   ヴェッキオ宮殿
   ピッティ宮殿
   パラティーナ美術館
■ ミラノ
   サンタ・マリア・デッレ・グラッツェ教会
   スフォルツェスコ城
   アンブロジアーナ絵画館
   ブレラ美術館
   ドゥオモ
   ポルディ・ペッツォーリ美術館


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1月21日(日) 成田→ローマ
 早すぎる成田到着。久々の海外旅行にはしゃいでいる。飛行機の出発は13時なのでそれまで本を読んで過ごす。 今回利用するのはAEROFROT ロシア航空。ゲートはすでに旧ソビエト社会主義共和国連邦である。 と言うことは直通便でないのは明らかだ。モスクワ乗り換えのローマ行きである。貧乏人に直通便は不要だ。 低空飛行が限界でありそうな小さな機体、その上、機内はガラガラである。 モスクワまで10時間20分、エコノミー症候群を避けるため適度に徘徊しながら、読書⇔睡眠を永遠にループをする。 モスクワに着いたかと思ったら、空港の除雪作業で着陸が30分ほど遅れる。時間ねぇーんだけど。 ギリギリで無事に乗換え。そこから1時間、除雪作業のため再び飛行機は動かず。機内にはまったりとした空気が 流れる。疲れ果てているのか...しゃべる人間はいないが不思議と食事の時間になると起きて眠い眼をこすりながら 食べているのをみると、所詮、人間も動物なんだなとあらためて思うのであった。 そうこうしているうちにローマに着いたが、結局22時半を回っていた。
誰もいない駅のホーム  憧れの町ローマ...ROMA...しかし時間が遅いせいか空港には人影がない。ちょっと寂しくなるも荷物を待つ。 とて〜も嫌な予感がする。的中。荷物はどうやら無理な乗換えからモスクワに置き去りにされたらしい。ちくしょー。 一応文句をつけて、明日のなるべく早い時間にホテルに送れと念を押す。まあいいかと気を取り直し、 列車で町の中心部まで向かうことにするが...。時間が遅いためクレジットカードしか使えない自動券売機 で切符を購入して、レオナルドエクスプレスという列車を待つ...あれっ?23時35分最終?危ない危ない。 ギリギリに飛び乗って深夜0時半、無事にローマ中心のテルミニ駅に到着。真夜中のローマ。怪しい外国人が行きかう 治安の悪い駅構内。そこへひとり歩くアジア人女子ツーリスト。これだけで犯罪発生率の可能性は恐ろしく高い。 怖いもの知らずとはこのことを言う。駅を早歩きですり抜け勘を頼りに予約してあるホテルまで10分。 途中の道はほとんど人は通らない。殺されそうになったら近くのホテルに逃げ込む、という作戦を立てながら 走る。ホテルの標識が見えたとき天国の入り口に思えたのだった。

1月22日(月) ナポリ
 6時起床。余り寝ていないが、今日は朝っぱらからナポリ・ポンペイ遺跡見学ツアーに申し込んである。 前日と同じ格好でツアーに挑む。汚い話ではあるが、もちろん下着も靴下も全部一緒だ。ホームレス気分を 存分に堪能したのだ。ところで、ナポリは治安が悪いと聞いているしそれほど興味はないが、 ポンペイに関しては若干の熱い思いがあった。2006年に東急のBunkamuraでやっていたポンペイ展に衝撃を受けたのだ。 ヴェスビオ山と遺跡
 西暦79年にヴェスビオ山の噴火によって埋もれてしまった町、ポンペイ。18世紀になってから発掘が始まった。 今から2000年前もの古代にもかかわらず、非常に高い文明が発達していた。発掘された外科の道具などは現在でも同じものが 使われている。壁画にはギリシア神話が描かれ、遠近法も取り入れられている。そして入浴施設が整っていたことも 興味深い。温度の違った大浴場、水風呂、サウナ、床には工夫を凝らした床暖房も設備されていた。古代の健康ランドである。 ツアーの締めくくりは売春宿である。ここがポンペイの大人気スポットらしい。行って納得。中は3畳ほどの 小部屋が多数あり、外にはその中で受けることのできるサービスが壁画によってリアルに描かれている。 どの時代でも人間の欲求と言うものは変わらないのだなぁ...と上から目線を投げかける。 ランチは豪勢にパスタ+ピザ+サラダ+フリッターを頂くが、基本的に味付けは塩であった。 揺られること3時間、バスは帰路へ。 疲れはピークに達し気絶状態だったが、飲み物などを購入するためにスーパーに買い物に行きホテルに戻ったのは20時前後。 何気なくテレビのチャンネルを回していると、砂嵐の中に貞子ならぬ見覚えのある顔が! もしやこれは???と謎を残しながらも無事に荷物も到着し就寝。 めがねが... あの有名な猫型ロボットか?

1月23日(火) ローマ
 今日から本格的に美術鑑賞ツアーの幕開けである。まずは大本命のヴァチカン美術館に行くために7時過ぎに ホテルを出る。地下鉄に乗車するがちょうど通勤ラッシュで車内は込んでいる。 ローマの電車は早くて揺れる。駅に到着して勘を頼りに進むが、まったく逆方向に進んでいることに気づき、 方向音痴を再確認するのであった。気を取り直してヴァチカンを目指す。 しばらくすると城壁らしきものが見え、短い行列が見える。8時、ヴァチカン美術館に到着。開館は8時45分にもかかわらず 行列は次第に長くなっていく。ようやく開館し、人を縫うようにすり抜けて早足でシスティーナ礼拝堂を目指す。 入り口付近から鑑賞を始める一般人や団体ツアー客に対し、多少離れたところにあるシスティーナ礼拝堂を朝一で 目指すという判断は大正解であった。徐々に近づく礼拝堂。もうすぐかな?と思って小さなドアをすり抜けた瞬間、 世界は広がっていた。巨大なシスティーナ礼拝堂、創世記や預言者たちに見下ろされながら 横には最後の審判が壮大に広がる。全身に鳥肌が立つ。他に人は3人、そして警備員だけである。この巨大で静かな空間 のなかに立ち尽くす。頭の中ではコンクラーベが開催される。何百回も本や資料で見てきた礼拝堂。 ヴァチカン美術館の回廊に展示される数百個の彫刻 これは絵画ではなくまさに壁画、システィーナ礼拝堂という空間をも芸術にしてしまう巨匠ミケランジェロの 偉大さをあらためて実感。しばらく30分ほど見とれていたがその間も人は来なかった。ここでの目的は半分ぐらい 果たした感じだったので、あとはマイペースに鑑賞。ラファエロ、カラバッジョなどの巨匠と言われる作品を 身近に&貸切状態で鑑賞。オフシーズンは最高である。一通り見て館内のレストランでピザを食べたあと、 ヴァチカン市国へと急ぐ。
 サン・ピエトロ広場の聖人の像が凄い。オベリスクを見た瞬間、 世界で最も小さい国、ヴァチカン市国 ダン・ブラウンの「天使と悪魔」を思い出す。そして再びコンクラーベ。幻想と化した白い煙が上がる。 カトリックの総本山ヴァチカン市国、入国。そのままサン・ピエトロ大聖堂へ。まずは教皇の墓所を見学、 ヨハネス・パウルス2世は大人気スポットであった。大聖堂のミケランジェロのピエタを見る。 ガラス越しにしか見えなかったのが残念だ。しかし天井も高いし広いし豪華だしカトリックって凄いな、と思ってみる。 プロテスタントではあるが基本的にカトリック肯定派なのだ。お土産屋をうろうろ、本当はクーポラに上る予定であったが そうこうしている間に時間がなくなる。14時半までに予約しているボルゲーゼ美術館に たどり着かなければならない。再び地下鉄に乗ってボルゲーゼ公園を目指す。
 公園は広い。行けども行けども美術館は見えない。時計は14時20分を回ったため走る。 こんなところでエクササイズをし、無駄に燃料を消費するのであった。一応冬であるがローマは暖かいのだ。 ジョギングをしている人や犬の散歩をしている人とすれ違いながらも何とか美術館に到着。公園の中の美術館、 世田谷美術館め...パクったな。と思いながらも受付で 広いボルゲーゼ公園 予約番号を口頭で伝え入場料を支払った後は、クラークに貴重品以外をすべて預けなければならない。 もちろんカメラの持ち込みは禁止だ。お土産屋でしばし時間をつぶしているうちに15時になったので入場。 見学者は30人くらいであろうか?ここではカラヴァッジョ、ラファエロ、ティツィアーノなどの絵画と ベルニーニの多くの彫刻を鑑賞。特にギリシア神話のアポロとダフネが素晴らしかった。 一通り見たところで疲れはピークに達し足はがくがくであったので、残念だが早々に美術館を去り中心街へと歩く。
 割と外は寒くなっており、大雨が降り出す。泣きそうになりながら地図を見て1時間近く歩く。 中心街へと着いたようだが目的地サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会が見つからない。 何回も地図を見るが発見できず諦めかけていたところに、偶然にもパンテオンを発見する。 救いのパンテオン これで教会の場所がわかった。安心感から一応写真を撮ってみる。そして近くの店でジェラートを注文。 妥当にストロベリーにする。スモールを頼んだのでどうにか完食。そんなことをしていたら外は大雨になっていた。 急いでノアの方舟と化したサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会に入る。中に入って息を呑む。 外は雨の音や人、車の騒音であふれているが教会の中に入ると、すごく静かで神聖なのだ。 人はほとんどいないし、こういう場所が存在することがとても不思議に感じる。 そしてお目当てのミケランジェロによる復活したキリストの彫刻を鑑賞。その肉体的なバランスや穏やかに前方を 見据える表情の素晴らしさに感動する。しばしの間ギルランダイオやボッティチェリなどの絵画とともにその空間を楽しんだ。 しかし肉体が精神に追いつかないこともある。予定していたカンピドーリオのカピトリーノ美術館は 諦めて、一刻も早くホテルへと急ぐことにした。ホテルへ着いて一休みをし、レストランへと繰り出す。 どんなに疲れていても食べることは忘れない。スープ+パスタ+デザートにビールをひっかける。 満足して帰りそのまま気絶。

1月24日(水) ローマ→フィレンツェ
 フィレンツェの列車まで時間があったので、早起きしてサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会を目指す。 徒歩20分くらいであった。予定よりも少し早く着いてしまったので近くのコロッセオを見学。 早朝のコロッセオ 見学と言っても早朝なので中に入ることは出来ない。とりあえず一周してみる。グラディエーター。 良い時間になったので教会へと足を運ぶ。ちょうどローマ大学工学部の隣にある。 中に入ってみると非常に薄暗くとりあえず観光客はいないようだ。サイドにある絵画はほとんど見えない状態であるが 少し遠くに輝く純白のあれが見え始める......言葉にならない。ミケランジェロのモーセ像。 圧巻。全身が凍りつく。この瞬間は脳裏に焼きつき、忘れられない光景となるのだ。 早起きは三文の得。とそのとき教会の片隅でミサが始まった。信者3人に神父のみだ。こじんまりとして 逆に神聖さを感じる。モーセも堪能したことだし、そろそろと教会を後にしホテルへ戻る。 ハム太郎のおもちゃで遊ぶカピバラさん 感動も冷めやらぬまま朝食をとりチェックアウト。駅の売店でイタリア語版ハム太郎のおもちゃを発見し、迷わず購入。 はじめて乗るEuro Star。最高速度300キロだとか...12時半にフィレンツェに到着する。
 やはり北に向かうと寒くなる。フィレンツェは普通に冬の気候であった。ホテルは駅から近かったので、 歩いて無事にチェックイン。ハードスケジュールをこなすため、休む間もなく外へでる。 腹ごしらえをするために近くでパニーニを注文。最初はおいしいと食べていたが、後になるとやっぱり チーズが濃厚すぎて飽きが来る。そしてサンタ・マリア・ノヴェッラ教会へと赴く。
 入るといきなりマザッチョの三位一体がお目見えだ。これは教科書で何十回となく見ているが、 ついに本物を見たという思いで感無量になる。今回の旅で気づいたことなのだが、 どこの教会でも建築が殊に素晴らしい。よくも今から600年とか700年も前にこんなに大きくて装飾的な 建物を造ったもんだと感心してしまった。そこそこ楽しみながら次へと進む。
 有名なサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂だ。しかし回りで写真を撮っているアジア人は 90%が日本人であるといって間違いない。どこへ行っても何でもシャッターをおろす、それが日本人だ。 それはさておき中へと入る。壮大である...特に天井画がすごい。しかし若干質素な感じを受ける。 というのも作品の劣化を避けるために隣接する美術館に保存されているからである。それが次に訪れる ドゥオモ美術館だ。その前に、せっかく来たのだからクーポラにのぼらなければ!という変な使命感を クーポラからの景色 抱き始め、とうとう€6も支払って自ら拷問をかける。高さ91メートル、階段にして464段。老体に鞭を打つ。 のぼれどのぼれど出口は見つからず...プラトンの洞窟を思い出す。そうしているうちに光が差し込んでくる。 やっと出口だ。そしてフィレンツェの町並みを一望したときの感動は忘れられない。ブルネレスキありがとう。 感動も冷めやらぬまま階段を下るが、足は若干の感覚を残しながら、無理やりに脳からの命令を処理しているという 感じだった。それでもまだ訪れる。ドゥオモ美術館だ。ここにはドゥオモの装飾以外に当時の建築図面などが 展示されていて興味深い。しかし何といってもミケランジェロが自分の墓の為に彫った未完のピエタ、 通称ドゥオモのピエタである。 じっと観察していると、キリストを後ろから支えるアリマタヤのヨセフが、本当にミケランジェロ本人に見えてくる。 しばらくうっとりと眺めた後、美術館を出るがまだホテルには戻らない。ノルマはまだ終わらない。
 隣接している洗礼者ヨハネを祀るというサン・ジョヴァンニ洗礼堂へ行く。 中で見れるものといったら黄金の天井モザイク画だけだなので、 新約聖書の物語を知らない人にとっては€3を無駄にしたと思うだろう。 実は当の本人も今まで余り興味を示さなかった洗礼堂であったが、尋常ではないその天井画には心を奪われてしまう。 光輝く画面の中に細かい何百人もの人物。その中で繰り広げられる新約聖書のストーリー。 しばし時を忘れてしまうが、ずっと上を見続けていたら気分が悪くなり、 やむを得ず退場。日も暮れてきたのでホテルへと戻る。荷物の整理をしてから近くのレストランへと繰り出し、 サラダ+パスタに再びビールをひっかける。ほろ酔いでホテル到着、テレビを堪能してから就寝。

1月25日(木) フィレンツェ
 今日はこの旅のハイライトとも言える、メディチ家歴史散策ツアーの決行である。 ということで早速朝一にアカデミア美術館へと繰り出す。やはり誰もいない。入ると余興の部屋があり 絵画が沢山並んでいる。興奮状態にあるためゆっくりと鑑賞している余裕はない。早く次のステップに進まなければならない。 と次の廊下へ出た瞬間、純白に輝く彼が、前方約50メートルにお目見えしたのである。 長すぎるヴァージンロード。左右のギャラリーには、4体の奴隷像とパレストリーナのピエタが熱い視線を送っている。 挨拶をしながらも、まっすぐと一歩一歩近づいていく。彼には以前、本屋や図書館などで何百回となく会っているが、 ついに本物に会えたのだ。初めて会ったにもかかわらず、気があって30分くらい立ち話を楽しんだ。 楽しい時間というのは早く過ぎてしまう。別れの時間が来てしまったのだ。 彼にさよならを告げ、再会を約束しその場を走り去った。後ろは振り返らない。 メディチ・リッカルディ宮殿の豪華な中庭と後ろにたたずむ庭園
 次に訪れたのはメディチ・リッカルディ宮殿。建物の外観はいたって質素なので言われなければ 素通りしてしまうが、メディチ家の祝宴の場であった中は豪華絢爛である。そして2階にあるこじんまりとした 礼拝堂には壁一面に「東方三博士の旅」が描かれていて、思わず息をするのを忘れてしまうほどであった。 現在は県庁舎として使われているため、宮殿の中を職員が行き来しているのが何かおもしろかった。
 続いてファザードが未完のままになっているサン・ロレンツォ教会。フィリッポ・リッピの受胎告知に しばし驚嘆しながら、設計しているミケランジェロとブルネレスキを想像する。そして中庭もしっかりと鑑賞しつつ 余韻を残しながら隣のメディチ家礼拝堂を訪れる。ここはミケランジェロのジュリアーノ公、ヌムール公の墓 と聖母マリアの彫刻が見れる。うわっ。教科書と同じだよ。という小学生並みの反応しか出来なかったが、 感動したのは確かである。礼拝堂のちょうど裏にはぽつんと寂しげに アンナ・マリア・ルイーザの彫像が置いてあるのにあまり気づく人はいない。 しかしこうしてメディチ家ゆかりの地を歩いてきたが、本当に財力の限りを尽くしたというか、 芸術家の大パトロンであったという事実を再認識してしまった。
 そんな思いにふけりながらも次の目的地に向かう。サンティッシマ・アヌンツィアータ教会である。 とりあえず観光客でこの教会にいるのは自分だけであろうと思った。中では信者が祈りを捧げている。 割と質素な感じだったのを記憶しているが、いづらい雰囲気だったので早々と退場、斜め向かいにある 捨子養育院へと足を運ぶ。ここも観光スポットとしてはかなりマイナーであるが穴場である... フェルディナンド1世の豪快な銅像 というか誰もいなかった。美術館は小さいものの、ボッティチェリやギルランダイオの絵はとてもボリュームがあった。 建物で囲まれている広場のフェルディナンド1世の写真をパチり、その場を後にした。
 そのままドゥオモ方面へ直進し、バルジェッロ美術館へ行こうとしたのだが見つからない。 地図を見ながら何回も同じ場所を往復するが、存在しない!諦めかけたところではっと気がつくと目の前にあったという よくある話である。イタリアの美術館は入り口が目立たないので、探すのに苦労をするのだ。 やっとの思いでたどり着き受付で料金を払おうとしたら、今日は13時50分で閉館だ、と言われる。あと40分しかない。 サンタ・クローチェ教会の神々しい外観 それは無理だと思って予定変更、サンタ・クローチェ教会へ繰り出すことにした。
 教会前の広場では人々がポツリポツリと写真を撮っているが、教会の中はやはりガラガラであった。 ミケランジェロ、ダンテ、マキャベッリ、ガリレオ・ガリレイの墓碑が立ち並ぶ。それぞれに敬礼をする。 この教会は聖堂、聖具室の他に美術館も備わっていて、お得感満載で存分に楽しむことができた。 結構な時間を過ごしたつもりであったが、まだ14時手前であった。またも精神が先走り、肉体が追いつかない状態 に陥っている。そのまま足は脳からの命令に従って、ダンテの家まで向かっていた。 アリギエーリ家の家紋
 ダンテは天才だ。聖書とギリシア神話に精通しながらもその水と油のような関係の両文学を、フィレンツェの歴史に 混ぜ合わせながら、更に自身の波乱な人生と共に見事に融合させた。そんな彼の目印は、 スーパーヒーローとも言うべき赤いマントであった。ダンテの家は観光地としては非常に専門的であり、 ダンテに相当な熱い思いがなければ楽しめるところではない。 そうこうしながら疲れたのでカフェでカプチーノをすすりながら、あらためてこの旅のことを 考えてみる。ひとつは旅の半分が終わってしまったことこに寂しさを覚える、そしてもうひとつは、ひとりで来て良かった、 という思いであった。まあ、美術鑑賞というはっきりとした目的があるからかも知れないが...。 そんなことを考えながら、まだ時間もあったためシニョーリア広場へと繰り出す。そして頭の中では、 教会の堕落と社会の退廃を訴えたサヴォナローラの丸焼き刑が執行されているところであった。 そんなことを考えながらも、寒いし疲れたしでホテルへと急ぐ。途中、サン・ミケーレ教会の外壁の彫刻の写真をとったり、 マーケットでふらふらと美術品のウィンドーショッピングをする。ホテルに着いて一息つくが余りにも疲れているため、 隣のPizzeriaでピザとビールを購入し部屋で食べる。それからテレビを見て就寝。

1月26日(金) フィレンツェ
誰もいないウフィツィ美術館  本日もビックな日が予想される。朝一にウフィツィ美術館を訪れるからである。ホテルでの朝食も食べずに 7時半ころホテルを出発、8時15分開館というのに7時45分くらいについてしまう。張り切り過ぎだ。どきどき。 予約はしていっているものの、おそらく一般の列には行列が出来ているに違いない。そう思いながらコの字型をした 美術館に入り口に到着するが誰もいない。おかしいな...天下のウフィツィ美術館だ、いくらオフシーズンとはいえ、 待っている人はいっぱいいるだろう...いない。ということでわざわざ用意周到に予約をする必要もなく、 一番乗りで入ったのでした。あとから韓国人らしき親子が2名、朝の1時間くらいはこの3人で貸切状態であった。 ということでマイミュージアムというような勢いで、ボッティチェリやギルランダイオを優雅に堪能する。中でも 凄かったのは、ダ・ヴィンチの「受胎告知」とミケランジェロの「聖家族」であった。この2枚は格別で、前者は 事細かい描写と繊細さ、そして後者は彫刻的でヴェネツィア派を思わせるような鮮やかな色彩がもの凄かった。 とりあえず人気のある作品に時間をかけて楽しんだ後、腹ごしらえをするためにまたもや美術館のカフェで パニーニとカプチーノの朝食をとる。今回、こうして美術館の中のカフェを利用する機会が多かったが、これは 多少高くはつくが時間の節約になった。11時頃になるとやはり団体ツアー客が沢山やってくる。はっきりってうざい。 そして日本人が多い。彼らは有名な作品だけを適当に説明するガイドに、本当に耳を傾けているのかわからないが、 自由時間になるとなんとなく作品を見た後、巨匠に描かれた作品にすらまったく気づかずに素通りしていってしまう。 もったいないなぁ。と心の中でつぶやくのだった。
 もう終わりかと思いきや、下の階にもカラバッジョや レーニなどの素晴らしい作品が目白押しで、さすがウフィツィだ、と絶賛してしまった。そんな作品群に別れを告げ、 次へと駒を進める。 バルジェッロの中庭
 きのうのリベンジをすべく、バルジェッロ美術館へ。もともとは警察長官の家だったと言うが、 良い暮らしをしていたんだなぁ。と思うくらいに豪華であった。ミケランジェロのアポロンとバッカス、 そしてドナテッロとヴェッキオのダヴィデ。サン・ジョバンニ洗礼堂のイサクの犠牲も忘れてはいけない。 そしてもうひとつ、武具を展示した大きなコレクションを見て回る。今回の旅が自分探しのたびであったなら、 ひとつに武具を見るのが大好きだということを発見したと言える。RPG系のゲームが好きだと言う理由もあるかも 知れないが、何よりも想像をするのが楽しい。誰がいつ、何のために鎧を着て武器を持って戦ったのか... 考えるだけでもぞくぞくしてくるのだ。ミラノで訪れることになるポルディ・ペッツォーリ美術館でも 同じ体験をすることになる。正直なところ何時間でも見ていられたが、次のノルマが待ち受けているので 退場する。 カーサ・ブオナロッティ、質素な外観
 次はマニアでなければ訪れない、通常はガイドブックにも載っていないカーサ・ブオナロッティ へ。フィレンツェの中心部から東の方向に進むとそれはあるが、どこからどう見ても普通の家、 そして14時に閉まってしまうので素通り率高し。もちろんカーサ・ブオナロッティのブオナロッティは ミケランジェロ・ブオナロッティのことである。彼はこの家を甥の為に買い与え、そして代々 ブオナロッティ一族によって住まわれてきた。中のコレクションは意外と凄い。そして雰囲気がすごい。静かな 館内は、間違いなく一族の魂は宿っていると確信できるほどの生々しい雰囲気が漂っており、 人もいないせいか広い屋敷を散策するのに終始空気が張り詰めていたので、ちょっとした肝試しに近かったのだ。 そしてミケランジェロが履いていたといわれるサンダルをみて興奮を覚える。もしかしたら足の皮膚がこびりついているかも と思って一生懸命覗き込むが、成果は得られなかった。コレクションなどをくまなく鑑賞してから ブオナロッティ一族に敬礼をし、後にする。 想像を絶するヴェッキオ宮殿の五百人広間
 続いては現在市庁舎として使われているヴェッキオ宮殿。コジモ1世が一時期住居としていた。とりあえず 五百人広間へ行って、ダ・ヴィンチとミケランジェロの壁画競作を妄想する。ミケランジェロの彫刻「勝利」を目の前にして ようやく目を覚ます。そしてクレメンス7世の書斎を見たり、豪華なコレクションを見たりとメディチ家を感じながら 退場。腹ペコだったので、急ぐ足をとめてウフィツィ美術館近くのレストランへと入る。 パスタに白昼堂々ビールを引っかける。ここのパスタが今回のイタリア滞在で最もおいしいパスタとなった。 Cafe Carusoというところだ。食事を楽しんだ後はポンテ・ヴェッキオを渡ってピッティ宮殿を訪問するのだ。 巨大なピッティ宮殿
 €11.50という高額の入場料を払う。高いなと思いつつも中に入ると、偶然にもアンナ・マリア・ルイーザ展をやっていた。 結構な量の肖像画が並んでいるが、やはり彼女の顔立ちには育ちのよさがにじみ出ているな、という印象を受ける。 人は見かけで判断するなというが、半分くらいは判断してもよいと思った。 その延長線上にパラティーナ美術館がある。ここはメディチ家のコレクションを展示しているが、 はっきり言ってやばい。豪華さの桁が違っている。絨毯、家具、リネンのすべてが超高級品である。 そして“匂い”が違う。宮殿の独特の匂い、古い骨董品のような匂い、そしてルネサンスとかメディチ家の匂いがした。 どこまで行っても部屋は続き、ひとつの部屋の大きさも尋常ではない。 各部屋の壁の隅々にまで絵画が掲げられ、彫刻も多々飾られている。ラファエロとティッツアーノの作品が多くみられた。 そして3階には近代美術が展示されていて、とりあえずすべて鑑賞を完了。 歩きつかれてしまったのと豪華さへの驚きで疲労困憊。とてもじゃないけどボーボリ庭園やベルヴェデーレ 要塞に行ける状態ではなかったので、迷わずホテルを目指した。夕食は簡単に済ませ明日に備えて早々と就寝。

1月27日(土) フィレンツェ→ミラノ
 今日は早起きをして何が何でも正午にはミラノに着かなくてはならない。何といってもせっかく予約の取れた ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」である。ということで6時に起きて7時半には駅に到着。万全な体勢を整えた結果、 予定時刻にミラノへと到着。駅前のホテルにチェックインをし、荷物を置いたらそのまま地下鉄へと向かう。 サンタ・マリア・デッレ・グラッツェ教会の聖堂 と駅のところで路線図を確かめていると、アメリカ人らしきカップルに道を尋ねられる。っていうか地元の人に聞けよ! と思いつつも多分こっちだと思う。といい加減に教える。そして自分の電車を確認して乗車、カルドナ・トリエンナーレ駅で 下車をし、売店の兄ちゃんに道を聞いてサンタ・マリア・デッレ・グラッツェ教会を目指す。 途中、教会への標識が所々にあったので迷わず到着。とあのアメリカ人カップルを発見。お互いに目が合って 社交辞令としてスマイルを交わす。目的地一緒っだったんだ...。割と時間に余裕があったので、チェックインを済ませてから 近くにカフェを探しに行く。人間、目的を全うすると忘れていた何かを思い出すもんだ。そう、朝からろくに食べていない のだ。少し歩いたが露店しかなかったために、そこでサンドウィッチとカプチーノを注文、まったく期待せずに胃袋を 満たすだけが目的だったが、以外に美味だったので感激をする。そうこうしている内に運命の時間がやってきた。 「最後の晩餐」は教会の食堂に描かれているため、25人のグループで15分間以内の鑑賞、と決まっている。チケットを持って 入場をする。鼓動は次第に高鳴っている。食堂までは2重の扉を抜けなければならない。というのも劣化が激しい 「最後の晩餐」は、空気中の様々な濃度を一定に保たなければならなので、その辺は厳重に整備されているのだ。 と同じグループにあのアメリカ人カップルが偶然にもいたのだ...それには驚いた。あっちも驚いていた。 そんなことを考えつつも、目の前の扉が突然開かれる。一歩足を踏み入れて左右を確認。例のものは右にあった。 なんということだろう。いまだかつてこんな素晴らしい「最後の晩餐」を見たことがあろうか?左右から3人づつの山を 描きながら視線を自然と中央のイエスに集中させる。そして完璧ともいえる遠近法。画面に吸い込まれていく。 だが長年の修復作業が近年終了したといっても、やはり劣化はひどいものであった。15分はあっという間に終わってしまい、 あと何十年持つのか...という印象を受けたが、生きている間にもう一度見たいと思った。 レンガ造りのスフォルツェスコ城
 この時点でぐったりとしていたが、スフォルツェスコ城に向かう。スフォルツァ家が居城にしていた この城は、一部をブラマンテが設計し、ダ・ヴィンチによって装飾された。高々と積み上げられたレンガの城壁が、 時代を物語っていたように思う。全体的に市立博物館になっていて、 楽器だのミイラだの家具だのといろいろ展示されていておもしろかったが、 やはりミケランジェロの「ロンダーニのピエタ」であろう。遺作で未完に終わっているこの作品を、確かミラノ市は 巨額を投じて買い取ったというのをなんかの本で読んだことがある。よくもまぁ。結構時間を食ったため、 さっさとミラノの中心部、ドゥオモ付近へと繰り出すことにする。足は帰りたいと言っていたが、こころは次の 目的地、アンブロジアーナ絵画館へと向かっていた。目立たないこじんまりとした感じである。 受付でチケットを購入、館内の説明を受ける。とても親切な印象であった。紙を渡され、順路に従うようにと 念を押される。2階へと上がるがやはりがっらがらだ。 急性アルコール中毒になるカピバラさん ダ・ヴィンチの「音楽家」やラファエロの「アテネの学堂」の下絵 などが目玉商品であるが、全体的に多くの宗教的な作品がずらりと並んでいた。 満足しながらもさすがに疲れはピークに 達していたため、地下鉄でホテルまで戻った。夕食はホテルの近くのレストランで簡単に済ませ(アルコールはしっかりと 摂取)テレビを見て寝ようとするが、明日がイタリア最終日だということを考えて悲しくなる。それを理由にして また冷蔵庫からシャンパンを取り出して酒を浴びるのであった。

1月28日(日) ミラノ
 とうとう来てしまった最終日。7時に起床して朝食をしっかりととる。用意を整えてからまず向かったのは駅にある 両替所であった。現金主義のイタリアでは、余りカードを使うこともなく現金が足りなくなってしまったのだ。 しかし相場は悪いし手数料はかかるしで、結局2万円でゲットできたのは€100だけであった。マックでダブル ハンバーガーセットを頼むと€5.50なので換算すると、1100円だ。こんな感じで発展途上国の上流階級気分を味わいつつ、 情操教育と称してその後もお金を惜しまず使い続けるのであった。 格式高いブレラ美術館の中庭
 その足で地下鉄に乗車、ブレラ美術館を目指す。駅を降りても本当に何もないので地図を頼りに、道路名を確認しながら 行くしか方法はない。住宅街の建物を通り抜けるとブレラ美術館がお目見えした。 下はブレラ美術大学になっており、その上が美術館になっている。人の気配がまったくしない中、おそるおそる館内 へ入るとやっぱりほとんど人はいないに等しかった。実はこのブレラ美術館がこの旅で素晴らしいと思える美術館 NO.1に輝くのであった。その理由は膨大なコレクションもさることながら、主題的にも自分にあっていたし雰囲気も作風も すべてが自分好みであったと言えよう。感動の連続で時間を忘れて、3時間近くも徘徊していたのだ。
 その後、ドゥオモを見に行く。ミラノのドゥオモは何といっても外観が素晴らしい。残念なことに下半分は 修復中であったが。中に入るとなにやらただならぬ神聖な雰囲気が漂う。 半分しか見れないミラノのドゥオモそうだ、今日は日曜日。ミサをやっているのだ。 それにしてもこんなでっかいところでやるミサは、何かコンサートのようにに見えてしまう。観光客がバチバチ写真を撮っている。 なんかの本で、特に日本人がミサの写真をかまわずとるので、イタリア観光局は日本人の教会への立ち入り禁止令を 本気で考えたという話を思い出す。恥ずかしい話である。もっとも、宗教に無関心な日本人がイタリアの教会や美術館を巡る事自体、 理解することは難しいが...。ということでこんなチャンスは滅多にないと迷わずミサに出席する。 何を言っているか余り聞き取れなかったが、どうやら聖書の話をしてたのではなかろうか?やはりカトリックは 非常に儀式的だという印象だった。スモークを焚くという演出もこなしてしまうのだ。しかも教会自体が大きすぎるため、 さ、寒い。ミサの終わる12時までずっとふるえていたのだ。こうして消耗してしまった体力を補給するため、 スカラ座に隣接するレストランでパスタとカプチーノ、そしてビールも忘れず注文する。 日本であらかじめ予約しておいたクラシックのコンサートの開場は15時、それまでにはもう一箇所いける時間があったので、 この旅最後の美術館となるポルディ・ペッツォーリ美術館に行く。 そこから歩いて10分ほどであった。やはりドゥオモでのミサで寒さを我慢していたのが効いたのか、ここの美術館では終始 寒さでふるえて集中できなくなっていた。ミケランジェロ直筆の手紙と武具コレクションは楽しんだが。 余り印象を残すこともなく退場し、Auditrium di Milanoという場所まで歩いていく。かなりの距離はあったが、 こういうところでは節約魂が燃えるのだ。途中、寒すぎるので洋服購入も考えたが荷物になるため、 致し方なくカプチーノで暖をとりながら、およそ40分ほどの道のりをひたすら歩いたのだ。そしてコンサートホールに 到着。この旅を優雅に締めくくりたいという切望が叶い、モーツァルトのシンフォニーで幕を閉じる。と外に出ると 現実が待っている...来た道をひたすら歩いてホテルまで戻ったが、余り寒さは感じなかった。
 リアルに最後の晩餐ではあったが、夕食は簡単に済ませてテレビを見ながら荷物の整理を行う。帰りたくない。 楽しいこの旅行がずっと続けばいいのに...本当にパスポートを燃やすことを考えたほどであった。もしくは 天変地異でも起きないかと...。そんなことを考えながら最終夜を過ごしたのだった。

1月29日(月)
  ↓ 
1月30日(火)
ミラノ→成田
 6時に起床、朝ごはんを終わらせ8時頃チェックアウト。どうにかして荷物はスーツケースにおさまった。 駅で空港までのチケットを購入し、すぐに出発した。少しづつイタリアが遠くなっていくのを実感。 空港では時間があったため、アルプスの景色を見ながらこの旅をもう一度振り返るのだった。そしてとうとう離陸を してしまう。泣きそうになりながら3時間後、モスクワに到着。外に出たら一瞬にして鼻の中が凍ってしまった。 成田行きに乗り換えれば、もうそこは既に日本人ばかり。現実に戻るのだった。隣に座ったシエナ人と身の上話なんかを 話しつつ、成田に到着したのだった。


 今回の旅は見えないものに相当なお金を払った。というか、今まで旅行はいろいろしてきたが、 こんなにお金を使った旅は始めてであった。オフシーズンであったために訪れた教会や美術館はほとんど 貸しきり状態だったので、感動は2倍にも3倍にも膨れ上がった。とくに約10年も前から何十回、何百回となく 教科書や写真で見ていた作品が、やっとライヴで鑑賞できるに至ったという点からも、感動はさらに倍増したと思う。 残念だった点は、せっかく勉強中のイタリア語であったが、ほとんどを英語で済ませてしまったという事だ。 しかしながらテレビを長い時間見ていたので、リスニングスキルはかなり上がったのではないか?と思う。
 最後に...本当にイタリアは最高だった。というよりも、すべてが身体に合っていた。 食べ物も、水も、思想も...おそらく前世はイタリア人であったのではないか。 そして帰りの飛行機の中で、近い将来に絶対カムバックするという誓いを秘かに立てたのであった。


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