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【イタリア旅行記】
2007年1月21日(日)〜1月30日(火) |
有給休暇10日間、命知らずの初めてイタリア旅行。万が一、無言の帰国に備えて部屋をきれいに片す。
長年の夢であったイタリア美術鑑賞ツアー。決められた場所しか行かないツアーでは欲望は満たされないため、
徹底的にこだわりを持って自由自在の旅を選ぶ。
そして航空券とホテルクーポンを握り締めてひとり成田を発つ。お金は使い放題であるが、
禁句はタクシーである。ぜいたく品と見做されるところにはお金をかけないのだ。
夜遅いArrival、そして朝早いDeparture、終日自由になったのはわずか7日間。
その間に約30箇所の美術館や教会の訪問を計画し、徹底的に調べ上げる。
お金と地図と勇気と、そしてカピバラさんをかばんにつめて出発したのだった。
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■ ローマ
ヴァチカン美術館
サン・ピエトロ大聖堂
ボルゲーゼ美術館
サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会
サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会
■ フィレンツェ
サンタ・マリア・ノヴェッラ教会
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂
ドゥオモ美術館
サン・ジョヴァンニ洗礼堂
アカデミア美術館
メディチ・リッカルディ宮殿
サン・ロレンツォ教会
メディチ家礼拝堂
サンティッシマ・アヌンツィアータ教会
捨子養育院
サンタ・クローチェ教会
ダンテの家
ウフィツィ美術館
バルジェッロ美術館
カーサ・ブオナロッティ
ヴェッキオ宮殿
ピッティ宮殿
パラティーナ美術館
■ ミラノ
サンタ・マリア・デッレ・グラッツェ教会
スフォルツェスコ城
アンブロジアーナ絵画館
ブレラ美術館
ドゥオモ
ポルディ・ペッツォーリ美術館
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1月21日(日) |
成田→ローマ
早すぎる成田到着。久々の海外旅行にはしゃいでいる。飛行機の出発は13時なのでそれまで本を読んで過ごす。
今回利用するのはAEROFROT ロシア航空。ゲートはすでに旧ソビエト社会主義共和国連邦である。
と言うことは直通便でないのは明らかだ。モスクワ乗り換えのローマ行きである。貧乏人に直通便は不要だ。
低空飛行が限界でありそうな小さな機体、その上、機内はガラガラである。
モスクワまで10時間20分、エコノミー症候群を避けるため適度に徘徊しながら、読書⇔睡眠を永遠にループをする。
モスクワに着いたかと思ったら、空港の除雪作業で着陸が30分ほど遅れる。時間ねぇーんだけど。
ギリギリで無事に乗換え。そこから1時間、除雪作業のため再び飛行機は動かず。機内にはまったりとした空気が
流れる。疲れ果てているのか...しゃべる人間はいないが不思議と食事の時間になると起きて眠い眼をこすりながら
食べているのをみると、所詮、人間も動物なんだなとあらためて思うのであった。
そうこうしているうちにローマに着いたが、結局22時半を回っていた。
憧れの町ローマ...ROMA...しかし時間が遅いせいか空港には人影がない。ちょっと寂しくなるも荷物を待つ。
とて〜も嫌な予感がする。的中。荷物はどうやら無理な乗換えからモスクワに置き去りにされたらしい。ちくしょー。
一応文句をつけて、明日のなるべく早い時間にホテルに送れと念を押す。まあいいかと気を取り直し、
列車で町の中心部まで向かうことにするが...。時間が遅いためクレジットカードしか使えない自動券売機
で切符を購入して、レオナルドエクスプレスという列車を待つ...あれっ?23時35分最終?危ない危ない。
ギリギリに飛び乗って深夜0時半、無事にローマ中心のテルミニ駅に到着。真夜中のローマ。怪しい外国人が行きかう
治安の悪い駅構内。そこへひとり歩くアジア人女子ツーリスト。これだけで犯罪発生率の可能性は恐ろしく高い。
怖いもの知らずとはこのことを言う。駅を早歩きですり抜け勘を頼りに予約してあるホテルまで10分。
途中の道はほとんど人は通らない。殺されそうになったら近くのホテルに逃げ込む、という作戦を立てながら
走る。ホテルの標識が見えたとき天国の入り口に思えたのだった。
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1月28日(日) |
ミラノ
とうとう来てしまった最終日。7時に起床して朝食をしっかりととる。用意を整えてからまず向かったのは駅にある
両替所であった。現金主義のイタリアでは、余りカードを使うこともなく現金が足りなくなってしまったのだ。
しかし相場は悪いし手数料はかかるしで、結局2万円でゲットできたのは€100だけであった。マックでダブル
ハンバーガーセットを頼むと€5.50なので換算すると、1100円だ。こんな感じで発展途上国の上流階級気分を味わいつつ、
情操教育と称してその後もお金を惜しまず使い続けるのであった。
その足で地下鉄に乗車、ブレラ美術館を目指す。駅を降りても本当に何もないので地図を頼りに、道路名を確認しながら
行くしか方法はない。住宅街の建物を通り抜けるとブレラ美術館がお目見えした。
下はブレラ美術大学になっており、その上が美術館になっている。人の気配がまったくしない中、おそるおそる館内
へ入るとやっぱりほとんど人はいないに等しかった。実はこのブレラ美術館がこの旅で素晴らしいと思える美術館
NO.1に輝くのであった。その理由は膨大なコレクションもさることながら、主題的にも自分にあっていたし雰囲気も作風も
すべてが自分好みであったと言えよう。感動の連続で時間を忘れて、3時間近くも徘徊していたのだ。
その後、ドゥオモを見に行く。ミラノのドゥオモは何といっても外観が素晴らしい。残念なことに下半分は
修復中であったが。中に入るとなにやらただならぬ神聖な雰囲気が漂う。
そうだ、今日は日曜日。ミサをやっているのだ。
それにしてもこんなでっかいところでやるミサは、何かコンサートのようにに見えてしまう。観光客がバチバチ写真を撮っている。
なんかの本で、特に日本人がミサの写真をかまわずとるので、イタリア観光局は日本人の教会への立ち入り禁止令を
本気で考えたという話を思い出す。恥ずかしい話である。もっとも、宗教に無関心な日本人がイタリアの教会や美術館を巡る事自体、
理解することは難しいが...。ということでこんなチャンスは滅多にないと迷わずミサに出席する。
何を言っているか余り聞き取れなかったが、どうやら聖書の話をしてたのではなかろうか?やはりカトリックは
非常に儀式的だという印象だった。スモークを焚くという演出もこなしてしまうのだ。しかも教会自体が大きすぎるため、
さ、寒い。ミサの終わる12時までずっとふるえていたのだ。こうして消耗してしまった体力を補給するため、
スカラ座に隣接するレストランでパスタとカプチーノ、そしてビールも忘れず注文する。
日本であらかじめ予約しておいたクラシックのコンサートの開場は15時、それまでにはもう一箇所いける時間があったので、
この旅最後の美術館となるポルディ・ペッツォーリ美術館に行く。
そこから歩いて10分ほどであった。やはりドゥオモでのミサで寒さを我慢していたのが効いたのか、ここの美術館では終始
寒さでふるえて集中できなくなっていた。ミケランジェロ直筆の手紙と武具コレクションは楽しんだが。
余り印象を残すこともなく退場し、Auditrium di Milanoという場所まで歩いていく。かなりの距離はあったが、
こういうところでは節約魂が燃えるのだ。途中、寒すぎるので洋服購入も考えたが荷物になるため、
致し方なくカプチーノで暖をとりながら、およそ40分ほどの道のりをひたすら歩いたのだ。そしてコンサートホールに
到着。この旅を優雅に締めくくりたいという切望が叶い、モーツァルトのシンフォニーで幕を閉じる。と外に出ると
現実が待っている...来た道をひたすら歩いてホテルまで戻ったが、余り寒さは感じなかった。
リアルに最後の晩餐ではあったが、夕食は簡単に済ませてテレビを見ながら荷物の整理を行う。帰りたくない。
楽しいこの旅行がずっと続けばいいのに...本当にパスポートを燃やすことを考えたほどであった。もしくは
天変地異でも起きないかと...。そんなことを考えながら最終夜を過ごしたのだった。
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1月29日(月) ↓ 1月30日(火) |
ミラノ→成田
6時に起床、朝ごはんを終わらせ8時頃チェックアウト。どうにかして荷物はスーツケースにおさまった。
駅で空港までのチケットを購入し、すぐに出発した。少しづつイタリアが遠くなっていくのを実感。
空港では時間があったため、アルプスの景色を見ながらこの旅をもう一度振り返るのだった。そしてとうとう離陸を
してしまう。泣きそうになりながら3時間後、モスクワに到着。外に出たら一瞬にして鼻の中が凍ってしまった。
成田行きに乗り換えれば、もうそこは既に日本人ばかり。現実に戻るのだった。隣に座ったシエナ人と身の上話なんかを
話しつつ、成田に到着したのだった。
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今回の旅は見えないものに相当なお金を払った。というか、今まで旅行はいろいろしてきたが、
こんなにお金を使った旅は始めてであった。オフシーズンであったために訪れた教会や美術館はほとんど
貸しきり状態だったので、感動は2倍にも3倍にも膨れ上がった。とくに約10年も前から何十回、何百回となく
教科書や写真で見ていた作品が、やっとライヴで鑑賞できるに至ったという点からも、感動はさらに倍増したと思う。
残念だった点は、せっかく勉強中のイタリア語であったが、ほとんどを英語で済ませてしまったという事だ。
しかしながらテレビを長い時間見ていたので、リスニングスキルはかなり上がったのではないか?と思う。
最後に...本当にイタリアは最高だった。というよりも、すべてが身体に合っていた。
食べ物も、水も、思想も...おそらく前世はイタリア人であったのではないか。
そして帰りの飛行機の中で、近い将来に絶対カムバックするという誓いを秘かに立てたのであった。
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